越境を経て、ベテラン社員は変革者となった
トヨタグループの完成車両メーカーとして、ミニバンやSUV、商用車の開発から生産までを担うトヨタ車体株式会社。多種多様なクルマを世に送り出す同社の強固な製造基盤の中で、今、一人の越境人材が新しい風を吹き込んでいます。長年、品質に関わる部門で働いたのち、1年間の「レンタル移籍」を経て、2024年にベンチャー企業から帰任した三浦文靖さんです。
三浦さんは、かつて「できない理由」ばかりを並べて動けなかった自分を脱ぎ捨て、現在は同社の那須裕史さんと共に、前例のない組織改革に乗り出しました。
「楽しく、かつ本気で」。赴任先こそ違えど、共に海外を経験し、異文化の中で新たな視点を得た二人が出会ったとき、現場を動かす「変革」へと結びつきました。巨大な現場の壁を突き崩し、いかにして新たな道を作っているのか。そのリアルな変革の軌跡を追います。
(※ 本記事は2026年4月にインタビューしたものです)
海外駐在とレンタル移籍。
二人の「越境人材」がタッグを組んだ
ーー三浦さんは53歳の時、1年間ベンチャーにレンタル移籍していましたね。トヨタ車体に帰任して約2年半経ちますが、現在は、組織変革に精力的に取り組んでいると伺いました。まずは、三浦さんのこれまでのキャリアを教えてください。
三浦: 私の経歴としては、14年ほど車両の評価に携わっていました。とにかく車が好きで、乗って、触って、改善していく。その時間が何より面白かったんです。
その後、「アメリカに行きたい」という強い思いがあり、希望して品質保証部に異動しました。自分が開発に携わった車が、遠いアメリカの地で実際に走っている姿を、この目で直接見たい。 そんな純粋な好奇心が原動力でした。
念願のアメリカ勤務を経て帰国。再び品質保証部に戻り、品質管理部門を経験したのちに、社内の異業種派遣出向制度を知り、2023年にベンチャーへレンタル移籍しました。
帰任後は、製造部門の「教育・人材育成」を担当しています。ベンチャーに行くまでとは、全く異なる領域ですので、手探りからのスタートでしたね。

Profile 三浦文靖(みうら・ふみやす)さん
入社後、開発部門に従事し品質保証部時代に北米トヨタ自動車に3年間出向。その後、品質管理部を経験し、異業種派遣出向制度を利用して1年間農業のベンチャー企業に出向。帰任後は人材育成部門に配属。
ーーこれまで経験がない「教育・人材育成」において、精力的に活動が進められているのは、塗装部の課長である那須さんとの出会いが大きかったと伺いました。三浦さんと那須さんが出会った、最初のきっかけは何でしたか。
那須: 直接お会いしたのは、2024年5月の研修でした。私が今の部門の課長になったタイミングでQC(品質管理)の研修会に参加したのですが、そこで三浦さんが講師を務めていました。とても熱く語っていたのを覚えています(笑)。

Profile 那須裕史(なす・ひろし)さん
入社後、生産部門の樹脂成形部門に従事。インドネシア関連会社に駐在を経験し、現職。
三浦:そうでしたね。ベンチャーでの経験を伝えながら、「WILL(やりたいこと)」や「CAN(できること)」を言語化する大切さ、そして「もっと挑戦しよう」といった話をさせてもらったんです。
那須: 最初は「なんだあの熱い人は」と思って見ていただけでした(笑)。ただ、三浦さんの海外赴任やレンタル移籍の話に非常に共感して。というのも、私も直前までインドネシアに3年間駐在していたので、帰国後に感じていた課題感と三浦さんの言葉が重なったんです。
研修ってともすれば、形式だけのものになりがち。でも三浦さんの話には、「自分がこうしたい」といったしっかりした考えが詰まっていました。
ーー特にどのような部分に共感したのですか。
那須:「楽しく、かつ目的を達成する」という考えです。私も、やるからには楽しくやりたいという考えがあって、共感しました。インドネシアで働いていた時に「何でも楽しくやろう」というインドネシアの方のスタイルに感銘を受けたんです。おまけに彼らはスピード感がある。本当に驚きましたね。
もちろん中途半端な状態でやることがいいとは思いません。けれど、素早くやらないといけないときもあるーー。
「製造業はこのままでは取り残されてしまう」という危機感があったので、インドネシアに行って肌身で感じて気付かされたというか。そんなモヤモヤを抱えていた中で三浦さんの話を聞いたので、グッとくるものがありました。
ーーお互い課題感と思いが重なったのですね。
三浦: 後日、那須さんから連絡をいただきました。新任課長として職場の活性化を考えていらっしゃって、その手段の一つとして私たちの人材育成に関わる改善活動に目を向けてくれたんです。
ただ、偉そうな言い方かもしれませんが、もし「我々に全部任せる」という受身のスタンスであれば、引き受けることに懸念がありました。なので本当に覚悟があるのか確かめようと、2、3回対話の場を設けました(笑)。
そこで話したところ、那須さんの「組織を変えたい」という本気の覚悟を感じ「この人は本物だ」と確信したので、こちらも真剣にチームを動かし、連携が始まりました。

ーーどのように連携して実現していったのですか。
那須:現場のメンバーが形だけでなく、意欲的に取り組める環境にしたかったんです。それから、目的を明確にしたうえで「本当に楽しくやりたい」ということ。
ただ、そのためには質の高い指導が必要です。私にはメンバーにそれを教えるスキルが足りません。経験はあっても人に教えるとなると別の話です。 だからこそ、人材育成・教育のプロである三浦さんの部門にサポートをお願いしました。
私が責任を持ってメンバーに思いを伝え、メンバーが参加できる場を作る。そして三浦さんの部門に専門的なスキルを伝えてもらう。この役割分担があれば、理想とする「楽しい改善活動」が実現できると考えました。
三浦:私たちの部門は「教えるスキル」はあっても、現場の業務や人を直接動かす権限はありません。どれだけ良い教育メニューを用意しても、現場とコラボレーションしなければ実現しません。
だからこそ、那須さんのような思いを持った方と組んで、一つの成功事例(ロールモデル)を作りたいと考えました。まずは着実に成果を出し、その熱量を他の部署へ波及させていく。5年というスパンで会社全体を活性化させる計画を立てており、現在はその2年目として、理想的な連携が形になりつつあります。
「一人では何もできない」。
仲間を巻き込むことで組織は動き出す
ーー具体的にはどのようなことを行いましたか。
三浦: 那須さんに、現場のリーダー13人を集めていただきました。特定の課の、特定の職層のためだけに教育を行うというのは、これまでにない異例の試みです。
最初の研修では、WILL(やりたいこと)やCAN(できること)を言語化する時間を設けました。組織の中で「やりたいこと」を出すのは簡単ではありませんが、「やりたい“かも”でいい」とお伝えし、ハードルを下げるなどの工夫も行いました。
ーー三浦さんは特に、組織で働く個人の「WILL」の言語化に力を入れていると伺いました。
三浦:なぜWILLの言語化が必要なのかと聞かれたら、私は「自分のため」と答えます。以前は「誰のために仕事をしているか」と問われれば「会社のため」と答えていたかもしれません。
もちろん「会社として何をやりたい」ということを社員一人ひとりが持つことは大事ですが、加えて「自分はどうしたいのか」も大事です。そういう個人の意志が、結果的に強い組織を作るのだと考えているからです。

ーー受講した皆さんの反応はいかがでしたか。
那須:WILLとCANは非常にいい機会になりました。最初は三浦さんが求めるアウトプットをメンバーがなかなか出せませんでした。現場でがむしゃらに仕事をする力はあっても、仕事から離れて頭で考え、言語化して書くということに私たちはまだ弱さがあります。しかしWILLを考えること自体が、彼らにとって良い経験になったと思います。
その後も、マインドセットに関するものだけでなく、問題解決のステップや仲間づくりなど、現場で必要な多様なカリキュラムを組み合わせて進めていますが、受講したリーダーたちからは「次の研修はいつやるんですか?」といった声が上がるようになりました。

三浦: 実は今度、「ミニ四駆」を用いた研修も行います。製造現場の改善教育には、ジグソーパズルやだるま落としなどといった教材を使い、改善前後の変化を体感する手法が様々あります。
ただ、せっかくの自動車会社ですから、もっと興味を惹き、面白いと思えるものを取り入れたいと考えていました。 そこで今回、他社で「ミニ四駆」を改善の道具として使うユニークな研修があることを知り、私のグループのメンバーと那須さんの部署のメンバーが手法を習得しました。
ーーミニ四駆! それは皆さんも興味を持ちそうですね。
三浦:実現するために「ヒト・モノ・カネ」の準備が必要でしたが、私たちが方針として掲げる「挑戦を楽しむ」を体現する、最高の教材になると確信しています。こうした新しい試みに協力してくれる那須さんには、改めて感謝しています。まずは那須さんの課で成功させ、その後は全社の研修として広めていきたい。まさにここが、組織を変えるための「実験場」になっています。
ーーすごくアクティブですね。ちなみに、三浦さんはレンタル移籍に行く前から、こんなに積極的な動きをしていたんですか。
三浦:いえいえ全くです(笑)。ベンチャーに行く前は、こういうことをやろうとさえ考えていませんでした。以前は「あれがない、これが足りない」と、不足しているものばかりに目を向けて、自分で「できない」という壁をつくっていました。
でも「ないなら作ればいいだけだ」と気づきました。「足りないからダメだ」ではなく「こうすれば補える、みんなが動ける」という視点を持てたのは、ベンチャーでの経験があったからこそだと思います。
ーーそれが、行動につながっているのですね。
三浦:いろいろ活動する中で確信したのは「組織では一人でやれることには限界がある」ということです。結局、私一人では何もできないんですよ。那須さんのように共感して一緒に動いてくださる方の存在というのがとても大きいなと改めて感じました。組織において、全領域で力を持っている人などそうはいませんから。
仲間がいてこそできることばかりです。だからこそ、その仲間をどう巻き込むかが大事。那須さんとは、赴任した国や環境さえ違えど、共に異文化を知っているという共通の感覚があり、通じ合えるものがありました。
これまでは「どうすれば組織を動かせるのか」と一人でモヤモヤすることもありましたが、仲間と対話し、言語化して整理することで、自分に足りているもの、足りていないものが明確になりました。こうした「経験を認知する」というプロセスも、外の世界に出たからこそ気づけたことだと感じています。
「外の世界」を知るからこそ強くなれる。
加速する変化に立ち向かうために越境を
ーー教育・人材育成の取り組みが2年目に入って、どのような変化を感じていますか。
那須: 正直にいうと、1年目はそれほど大きな変化は感じませんでした。スキル習得よりも「意見を出し合える楽しい場」を作るというマインドセットの切り替えに重きを置いていたので時間はかかると思っていました。
2年目に入ってから明らかに変わってきましたね。以前は一人で指示を待つだけだったメンバーが、複数人で楽しそうに意見を出し合っている。1年前と比べれば確実に成長している姿を見て、やって良かったと感じています。
また、この研修を三浦さんたちに任せるのではなく、自分たちで回せるようにもなってきています。まだまだ課題はありますが、以前に比べればものすごい変化です。

三浦:当初から、1年目は我々が寄り添い、2年目は自分たちの課で自律し、3年目は継続していく。そういう流れを作りたいと考えていましたので、2年目で自走ができ始めているのは狙い通りですね。
こうした芽が出てくると、他の部門からも「どうすればいいのか」と相談が来るようになりました。那須さんには、成功事例を作った当事者として、役員や部長が集まる委員会などでもその変容ぶりを語っていただいています。
ーーそれは素晴らしい流れですね。
那須:正直に言えば、この取り組みは「やらなくても誰にも怒られない」ことなんです。でも三浦さんとの出会いをきっかけに「職場を良くしたい」という思いが強くなって。インドネシアで一人で決断し続けなければならない環境を経験して度胸がついたことも、この一歩を踏み出す力になりました。
三浦: 私もアメリカ赴任やベンチャーへのレンタル移籍で度胸がつきましたね。ピンチの連続ですから、それを乗り越えてきた経験があるからこそ、いま多少のことが起きても「なんとかなる」と変換して楽に構えられる。那須さんと共通しているのはそうした異文化での経験かもしれません。

ーーやはり、組織で働く多くのメンバーにとって「社外で働く越境経験」が必要だと思われますか。
那須:思いますね。 同じ職場で30年、40年過ごすのも一つの道ですが、外に出ないと周りの変化に気づけません。特にものづくりのスピードは凄まじく、肌で感じないと追いつけない。
自分の職場から出て、社外で何かを感じて戻ってきてもらえると、組織はもっと強くなるはずです。もちろん全員がいなくなると生産が止まってしまいますが、キーマンとなる人たちには、どんどん外の世界を感じてきてほしいです。
ーー三浦さんや那須さんみたいな越境人材が組織に増えると、組織がどういうふうに変わっていくと考えますか。
那須: 私の隣の部署にも社外経験のある同年代がいますが、やはり「強さ」が違います。製造現場では、現状維持でも生産自体はできてしまいます。しかし外を知る人は「今までこうだったから」という考えに縛られず、常に今より良くしようという向上心を持つ傾向にあると感じます。
やはり外の世界を知らないと、組織として弱くなってしまうのではないでしょうか。変化に対して限界を決めない人が増えれば、どこにも負けないものづくりができるはず。
私自身、新しいことをやろうとして前に進まない場面も多いのですが、三浦さんのような方が道を作ってくれれば、もっと面白いことができる。三浦さんには色々なところで活躍してもらい、会社を少しずつ変えていってほしいと願っています。
三浦:ありがとうございます(笑)。
ーー最後に、お二人の今後の展望(WILL)をお聞かせください。
那須: 抽象的かもしれませんが、私は現場の品質をより良くし続けたいという気持ちが強いですね。それは数字だけで表せるものではなく、現場の環境において「ここはいいな」と五感で感じるような空気感のこと。そんな、どこにも負けない最高の現場を作ることが、私の目指す姿です。
三浦: 私の今のミッションは「挑戦を楽しむ」ことです。かつては自分も車を造る側にいましたが、今は「車を造る人」が育ち、変わっていく姿を見るのが何より楽しいんですよ。
若手が安全に走り回れる空間を作るのが、マネジメント層の役目だと思っています。一つずつ確かなロールモデルを積み上げ、挑戦を恐れない文化を広げていきたいですね。

(まとめ)
「レンタル移籍」という越境を経て、三浦さんは単なるスキルの持ち帰りにとどまらない、組織を動かす「変革の火種」となって戻ってきました。かつての葛藤を行動に変え、社内の壁を越えて那須さんのような志あるリーダーと共鳴する。「楽しく、かつ本気で」。一人の越境者が生み出した小さなロールモデルは、今、確かな手応えとともに、トヨタ車体の次世代を担う大きなうねりへと繋がり始めています。
協力:トヨタ車体株式会社
文・インタビュー:小林こず恵
提供:ローンディール
