「分析のプロが、0→1の現場へ」〜データサイエンティストがベンチャーで学んだ、事業のつくり方〜
自分のような仕事の進め方では、このままでは新しいものが生まれないのではないかーー
中外製薬株式会社の安全性部門でデータサイエンティストとして働く田辺竜ノ介(たなべ・りゅうのすけ)さんは、社内企画への挑戦をきっかけに、自分自身の仕事の進め方や、事業を形にする力をさらに伸ばしたいと考えるようになりました。
そこで飛び込んだのは、ゲーミフィケーションで課題解決に挑む株式会社セガ エックスディー。さらに半年後には、設立間もない新会社に自ら志願し、1年で2社のベンチャーにレンタル移籍。変化の速い環境で、企画を前に進めるための視点と行動力を磨きました。
移籍先で突きつけられたのは、ベンチャーのスピード感。緻密な分析の世界にいた田辺さんは、変化の激しいベンチャーで何を経験し、どんな視点を手にしたのでしょうか。お話を伺いました。
(※本記事は2026年3月に取材したものです)
あの頃、私が感じた、静かな危機感
ーーレンタル移籍に手を挙げたきっかけを教えてください。
移籍前は、中外製薬の安全性部門でデータサイエンティストとして、データ分析業務を中心に、時には治験やシステム運用に携わってきました。
レンタル移籍を考えたきっかけは、3年ほど前、社内で行われたデジタル企画の公募に挑戦したことが大きかったと思います。業務効率などの課題をデジタルで解決する企画を出し、承認はされたものの、形にすることができなかったんです。
「自分の『好き』が足りなかったせい」と捉えていたのですが、ふと見つめ直すと、自分だけに限らない課題だと考えました。

ーー「自分だけに限らない課題」というと?
日常の業務を、高い精度で効率よくこなすのは得意だけれど、新しいことを企画し、形にしていくのが苦手。どう進めたらいいかわからずに足踏みしてしまうという課題です。
自ら企画して推進する人材になることが求められているのではないかと感じていたので、レンタル移籍の話を聞いた時、「ベンチャーでの経験を通じて、自分が企画人材になれたら」と思い手を上げました。「0→1」のフェーズを経験できる事業企画に携わりたいと、移籍先を探しました。
ーー選んだのは、株式会社セガ エックスディーですね。
漫画が大好きで、カルチャー領域に関わりたいという思いがありました。セガ エックスディーはセガと電通のジョイントベンチャーで、ゲーミフィケーションで課題解決をする会社です。ゲーム系のコンテンツも幅広く扱っているので、私の興味と親和性が高く、入り込みやすいのではと考えました。 何より、事業企画の経験がない私の「挑戦したい」という想いを受け入れてくれました。

(左はセガ エックスディー 元 取締役執行役員CSOの片山さん(当時の写真)、右が移籍者の田辺さん)
ベンチャーのスピード感を痛感した
ーーセガ エックスディーでは、どんな仕事を担当しましたか。
半年かけて取り組んだのが、「ゲーミフィケーション業界カオスマップ」の作成です。業界の全貌を一覧化するプロジェクトで、200社以上の事業者を調査・分類しながら、並行して事業企画系の業務も担当しました。

ーー中外製薬での経験は役立ちましたか。
正直、業種が異なるのでデータサイエンティストとしての経験を活かす場面は多くはなかったですね(笑)。ただ、意外なところで役立ったのが調整能力です。
マップの作成では、多忙な経営層の確認が必要なのですが、日程調整ひとつとっても、一筋縄ではいきません。資料に目を通してもらうために何度も連絡し、地道に合意形成を取り付けていく。中外製薬で知らず知らずのうちに身につけていた調整力が役立ちました。
ーー事業企画としては、どんな仕事をしたのでしょう。
上長の片山さんが動かすプロジェクトの企画書作成や、業界イベントでの顧客開拓です。ゲーム業界や東京モビリティーショーのような他業界のイベントにも足を運び、名刺交換をしては「何か一緒にできませんか?」とメールを送るなど、顧客開拓とソリューション提案をセットで行いました。
ーーこれまでとはまるで違う環境に、ご苦労も大きかったのでは?
求めていた苦しさが、ちゃんとありました(笑)。ベンチャーでは時間の感覚がまるで違います。私の考えた「急ぎ」が、ベンチャーの「ゆったり」なのだと痛感しました。
象徴的だったのが、ある企画案を3ヶ月かけて練りあげ、提出した時のことです。片山さんから返ってきたのは、「1週間で出すべきもの。田辺さんのスピード感はベンチャーからはかけ離れている」という、強烈な一言でした(笑)。
そのギャップを埋めるには、仕事のやり方を少し工夫するレベルでは、到底追いつけません。マインドセットから変えるしかない。これまで1ヶ月スパンで捉えていた仕事を、1週間単位のリズムに引き直しました。自分の遅さを認めて、根性で周囲のペースにしがみついていくと決め、週単位でアウトプットするリズムを体に叩き込んでいきました。

自分が動かなければ、プロジェクトは止まる。
「0→1」で知った、当事者の重圧
ーー移籍から半年後には、上長の片山さんが立ち上げた新会社、株式会社エンタケア研究所に同行されたそうですね。
そうです。セガ エックスディーは、片山さんが立ち上げから関わり、社員も100名近くまで増えて着実に成長していました。新たな事業を展開すべく、創業したのがエンタケア研究所です。
社長と片山さんを含む役員の3人で、介護福祉とエンターテインメントを掛け合わせた事業を始めるという話でした。私にはセガ エックスディーに残る選択肢もありましたが、できることならより少人数で、0から事業の立ち上げを経験したい。そして片山さんと一緒に仕事をしたいと考え、同行を決めました。
ーーエンタケア研究所ではどんな仕事をしましたか。
セガ エックスディーから、ゲーミフィケーション業界マップをもとに市場規模の算出を依頼されていたので、エンタケア移籍後も継続して取り組みました。
またエンタケアに移籍して2ヶ月目からは「Care Score」という、街と建物のバリアフリー度合いをスコア化するサービスの立ち上げに奔走しました。

ーー田辺さんはどんな役割を?
国土交通省の支援事業に応募すべく、片山さんと二人三脚で企画書を書き上げるところからスタートしました。見事採択されてからは、100ページを超える膨大な計画書・報告書を作成するために、3Dの都市モデルを構築できる開発パートナーを探したり、バリアフリーの度合いをどうスコア化するか、ロジックのたたき台をゼロから設計したり。専門家の意見を仰ぎながら、サービスの詳細を詰めていきました。
スコアリングでは、データサイエンティストとして培った思考の型が武器になった一方、複数の関係する事業のハンドリングに苦労しました。
以前は、「パートナー企業は能動的に動いてくれるもの」と思っていました。しかしベンチャー企業では、自分がハンドルを握り続けなければプロジェクトは前に進みません。各社の進捗を追い、こまめに連絡を入れる。泥臭い調整を積み重ねて何とか形にしていきました。 レンタル移籍の期間的に、ローンチまで見届けることができませんでしたが、後任の方の尽力によって無事サービスがリリースされたと聞きました。心から安堵しましたし、純粋に嬉しかったですね。

事業づくりを経験して変わった、「自ら企画して動かす」働き方
ーー復職から約1年。レンタル移籍を経て、変化を感じることはありますか。
以前と同じ安全性部門のデータを扱う部署にいますが、仕事のスピード感と能動的に動く姿勢は確かに変わってきたように思います。
ーー具体的に行動したことはありますか?
勉強会の企画や、グループマネジメントの改善提案をしました。勉強会については、上長から薬理領域の知識を深めるよう指示を受けたのがきっかけです。
以前の私なら一人で学習して終わりでしたが、「どうせなら部署全体に還元したい」と考えて、薬理部門と連携して勉強会を開催しました。合計3回の勉強会で、各回に50名規模の参加がありました。こんな風に自ら企画して周囲を巻き込む発想は、移籍前にはなかったものです。
また、グループマネジメントについては会議体の改善提案をして、進捗を確認し合う頻度を増やしました。「次までに何をするか」を宣言することで、行動が加速した経験があります。
復職したグループでは、お互いの状況を可視化し、進捗を促す会議を増やしたところ、仕事のスピード感が上がりました。
ーー移籍経験が、着実に組織に還元されていますね。中外製薬で挑戦したいことなど、個人的な目標はありますか。
働き方の仕組みづくりに関わりたいという気持ちが湧いてきています。レンタル移籍に手を挙げたのも、組織に対する課題意識が出発点でした。グループ内の会議体変更もその一例ですが、組織全体がよりスピーディーに動けるように、データサイエンティストの枠を超えて、仕事の仕方や仕組みを整えていく。そんな変化の担い手でありたいと思っています。

協力:中外製薬株式会社・株式会社セガ エックスディー・株式会社エンタケア研究所
インタビュー・文:藤井恵
撮影:宮本七生
