日本郵便という大企業に身を置きながら、43歳であえて「新人」に戻る選択をした仲川朗さん。稼働時間の20%を使い、ベンチャーのプロジェクトに参画する「side project」への参加を機に、大きく人生が変わります。日本郵政グループが運営する地域共創プロジェクトに参加するため、東京から熊本へ移住。新たなキャリアを築き始めました。
安定したキャリアの中にいながら、なぜあえて「新人」としてゼロからの経験に飛び込んだのか。スタートアップでの経験を経て、熊本県南小国町で見出した郵便局の新しい価値まで、その軌跡をお届けします。
「異動への不満」から決めた越境の一歩め
ーーそもそもside projectに参加した当時の背景を教えてください。
仲川:side project 参加当時は、切手・はがき室の所属でした。実はその少し前に異動をしてきたばかりだったんですが、正直言うと、その異動自体に対して当時はあまり前向きな気持ちになれずにいたんです。
手がけていた業務も、切手やはがきの製造やデザインといったクリエイティブに関わるものでもなく、正直、面白みを感じられずにいました。
そうしたこともあって、自分のキャリアを見つめ直すことに。これまで十数年営業を経験してきましたが、「果たして自分の営業力は、外の会社でも通用するのだろうか」という純粋な問いが生まれて。それがside projectを通じてベンチャーで経験してみたいと思った最初のきっかけでした。

ーーside projectの候補企業は100社を超えていましたが、その中で、リスキリングによるDX人材の育成などを行う「シェアエックス」に行きましたね。どのような業務をしていましたか。
DX研修を社外の企業に活用してもらうための新規開拓営業をずっとやっていました。いわゆるテレアポですね。何社したかな……たぶん100社くらいはかけました。でも、ちゃんと話を聞いてもらえたのは2、3社くらい。本当に、新人営業に戻ったような感覚でしたし、初めての経験でした(苦笑)。

ーー心が折れそうになりませんでしたか。
なりましたね。なったけれど、それが毎日じゃなかったっていうのが救われたんですよ。週5日、毎日だったら息切れしたかもしれないけど、週1日だったからこそやりきれたのだと思います。
ーー初めてのテレアポで、何か気づいたことはありましたか。
相手の顔が見えないので、声のトーンと言葉遣いだけで相手の反応が全然違うんだ、ということを身をもって知りました。一件一件工夫しながらやっていましたね。
目の前に代表の中川亮さんがいて、亮さんの営業トークを聞きながら学んでいました。亮さんが私の話を聞いてくれて、「ちょっとこういう風にしたらいいんじゃない?」とフィードバックをもらうこともあって。本当に、新人のような毎日でした。

「やりたいから、やる」
年齢や周囲の目は気にならない
ーー当時43歳でしたよね。その年齢でゼロから新人体験をすることや、社外で未経験のことに挑戦することに抵抗はなかったのですか。
全くないですね。よく「この年齢で」とか「上司が年下で」といったことを気にする話があるじゃないですか。私は全く気にしたことがないんです。
よく社内の仲間からも「なんでわざわざ参加するの?」と聞かれたことはありますが、「やりたいから」と答えました。でもそれが素直な答えなんです。
ーープロジェクト終了後、すぐに実務に活かせた学びはありますか。
「時間をかけない」ことです。帰任後、部下からの相談や決裁をする際、一個一個の業務を溜めずに早くやる。あとは、長年同じ組織で働いていると、「これはこうだ」という決めつけが出てきてしまう。でも周囲の声をちゃんと聞くとか、決めつけないとか、そういうところは変わったなと思います。
それは、「自分の考えや経験が全てじゃない」というのをシェアエックスでのプロジェクトを通じて知ったからです。大事な気づきでした。

小さな越境を経て次は大きな越境へ。
民間企業と郵便局ができることを探しに
ーーside project に参加して1年半くらい経って、熊本県南小国町にやってきたわけですね。
はい。社内のDX研修がいいきっかけになりました。研修では「データを使って郵便局として何ができるか」がテーマだったのですが、私としては、「せっかくなら他社も巻き込んで共創したい」と考えました。
というのも、シェアエックスに行ったときに「スタートアップと日本郵便が組んで何かできたら面白いのに」と感じたのに、それが実現できないまま終わっちゃったんです。自分の力不足でできなかったことが不完全燃焼で。だから戻ってからもずっとそのことが頭にありました。
ちょうどそのタイミングで、地域と郵便局が共創するプロジェクトである「ローカル共創イニシアティブ(LCI)」の人員募集があって。すぐに手を挙げました。公募開始から30分以内には応募していましたね、今回も第1号です(笑)。
ーーシェアエックスで共創を実現できていない悔しさがあったのですね
はい。自分はこの歳にもなって、これだけのことしかできないのかって思い知らされて。期待値と現実のギャップに対する悔しさがずっとありました。
だからこそ今回こそは!と。
こうして新しい機会が会社の中に用意されているというのは、本当にありがたいなと。どの地域にしようか考えた際、事務局の人に南小国町(熊本県)をおすすめされて、決めました。
熊本県南小国町で「住民になる」日々
ーーそうしてLCIでの生活が始まったわけですね。南小国町について教えてください。
黒川温泉という非常に有名な観光地がある自然豊かな場所です。出生率は維持されていて、子どもが減っていないのも特徴です。中学校の制服は町が負担して無償。小学校も3校あって、今現在では合併しないと決めているそうです。大学で一度は外に出るけれど、戻ってくる人も多いと聞きました。
私は、LCIを介して、株式会社SMO南小国に行きました。南小国町で地域課題の解決と持続可能なまちづくりを推進する地域商社です。人口減少・高齢化が進む中、地域資源や人材、ネットワークを活かし、「人材」「観光」「暮らし」をつなぐ事業を展開。地域に根ざしながら外部と共創し、価値創出に取り組んでいます。

ーー南小国町での活動について教えてください。
最初は、やることが具体的に決まっていなかったので、3ヶ月間は日本郵便の人間であることは一旦忘れて、とにかく町の住民になろうと動いてみました。そうしていく中で、2つの課題を見つけたんです。一つは「人手不足」。もう一つは「買い物の場所が少ない」こと。
もともと、日本郵便の物流を活かした事業を考えていました。南小国では週3日の移動販売も行っていますが、決まった商品を届けるだけでは、本当に求められているものが見えにくいと感じました。
そこで、事前注文制にしたり、農家さんの支援につなげることを検討しました。たとえば、物産館に商品を持ち込めない高齢の農家さんのもとへ郵便局員が買い取りに行き、それを物産館で販売する、といった仕組みです。

郵便局の強みは「事務」にあるという発見
ーー人材不足の課題に対しては、どのように郵便局を活用したのですか。
南小国の方々と話す中で、「郵便局員さんって事務が得意なんでしょう?」と言われることが何度もあったんです。最初は正直ピンときませんでしたが、何人もの方に同じことを言われ、「外から見るとそう映っているんだな」と気づきました。
そこで、局員が日常的にやっている事務手続きやパソコン作業を活かすような事業を考えました。
ーー具体的にはどのような事業を?
「しごとコンビニ®」という、株式会社はたらこらぼと一般社団法人つながる地域づくり研究所が共同で始めた、業務委託型の短時間ワークシェアリング事業です。事業所や行政などからの仕事を「しごとコンビニ®」登録メンバーにつなぐことで、少子高齢化や人口減少、人手不足といった地域課題の解決にも貢献しています。
2022年度から導入されていたのですが、なかなか登録者数や案件数が増えていなかった。そこで、登録に関する事務手続きを郵便局の窓口で一定数行うことにしました。
町長たちに提案して、3、4ヶ月で実証事業を開始。KPIとしていた登録件数も順調に伸びましたし、何より地域の方から「局員さんが言うなら」「身近でいい」という声をいただき、顔が見える関係の中で人をつなぐことに、大きな意味を感じました。みなさまのご尽力もあり、2025年10月から本格運用することができたんです。

日本郵便が大好きだからこそ、高望みをする
ーー話を戻しますが、40代中盤。キャリアもプライベートも安定してきた中で、転居を伴うLCIへの参加に抵抗はなかったのですか。
むしろ、自分には「挑戦しない」という選択肢はあまりないですね。自分が体験しないことには、メンバーを育成したりマネジメントしたりすることが難しいと感じるからです。
ーーそれは組織への還元、という意味でしょうか。
すべてではないですが、そうです。結局、私は日本郵便が大好きなんですよね。当たり前のことを事業者としてやっているだけ、郵便等を届けているだけで「ありがとう」と言われる会社って、他にないじゃないですか。
窓口にいた時のこと。入社3年目くらいに田舎の海に近い局に配属されたことがあって。どうしたらもっと郵便を使ってもらえるか考えて海辺で拾った貝殻を100円ショップの瓶に詰めてメッセージカードを添えた郵便物を作ったんです。「切手を売りたい」という一心で。これが観光客に喜ばれて、その時に「ありがとう」と言われる喜びを実感しました。
ーーアイデアを形にして価値を届けるのが好きなんですね。
そうですね。だから営業も好きでした。ただ今は少し考えが変わっていて、今ある既成のサービスを営業するのではなく、誰でもできないようなことをやりたい、と。高望みをしすぎているのかもしれませんが。

2026年、任期終了に向けて。
未来へ続く種まき
ーー2026年3月で任期が終了します。残り期間でやりたいことはなんですか。
まずは「しごとコンビニ(R)」のプロジェクトを、私がいなくなってからも持続させるための体制を整えることです。そして、農家の野菜の買い取りも実現したいですね。農家さんがいなくなるとまちの人たちの生活動線が消えてしまうので。
あとは、物産館のスペースに「ミニチュア本屋」のようなものを作りたいなと。南小国には本屋がないんです。本屋開業支援サービスなどの活用を検討していますが、いきなり作っても人は来ないので、本にまつわるイベントなどを開いて周知し、実施したいと考えています(2026年3月末に実施)。
ーーどうしてそんなにアイデアが次々と湧いてくるのですか。
知り合いがいっぱいいるから、ですかね。一人じゃ絶対にできないですから。業種関係なく、これまでのキャリアで積み上げてきた人とのご縁が大きいです。
ちなみに、本屋が欲しいと言い出したのは、僕じゃありません。中学校の授業に参加させていただいた時に、中学生たちが「この町に欲しいもの」として挙げたのが、広い運動場、カフェ、そして「本屋」だった。そこから始まったんです。子どもたちの力は強いですよ。
もう一つ取り組みたいのが、「しごとコンビニ(R)通信」の活用です。現在、毎月発行して29カ所に設置していますが、これを郵便局の局周活動(※ 郵便局の周辺地域に対して行うマーケティング活動や、地域のニーズを汲み取ってサービスを提供・提案する活動のこと)の際に設置できないかと考えました。これは、単に設置だけでなく、簡単な定型ヒアリングを行うことでしごとコンビニに対する「潜在的なニーズ」を把握し、より良いサービスとすることを想定しています。
現場の負担を心配する声はありました。ただ、「全国初の取り組みがここから始まるんだよ」などと声をかけながら、コミュニケーションを取りながら進める中で、次第に「やらなければいけない」という共通認識が生まれてきました。郵便局がこの地域にあり、町民のみなさまの拠り所になれる場所を継続していく必要があると考えるからです。
郵便局を、なくならないための場所ではなく、新しい付加価値を生み出す場へ変えていきたいと考えています。
ーー最後に。帰任まであと数ヶ月。帰任後の予定を教えてください。
日本郵政グループのどの部署に戻っても引き続き、南小国の案件をフォローしていきたいとの気持ちが大きいですし、出来ることなら、他地域のプロジェクトにも関わっていきたいですね。ここ、南小国で得た経験を活かし、ぜひ横展開していきたいと思っています。
地域ごとに課題は違いますから、自分が直接入り込む代わりに、各地域の郵便局長としっかり対話しながら、連携を強めていけたら最高ですね。

43歳で新人に戻るという選択は、仲川さん自身のキャリアだけでなく、郵便局の新しい可能性をひらきました。越境の先で見つけたその役割は、これからも地域と組織をつなぎ続けていくはずです。
Fin
協力:日本郵便株式会社 / シェアエックス株式会社
インタビュー:東 香織
文:小林 こず恵
提供:株式会社ローンディール
https://loandeal.jp/
運営会社
| 会社名 | 株式会社ローンディール 会社概要 |
|---|---|
| 住所 | 〒107-0061 東京都港区北青山3-6-23 青山ダイハンビル7F |
| 事業内容 | 企業間レンタル移籍プラットフォーム LoanDEAL 越境・挑戦ストーリーを紹介するメディア &ローンディール ベンチャーの課題を大企業社員が議論するオンライン越境研修 outsight 地域・高校の現場で社会感度を高める 大人の地域みらい留学 20%の稼働時間で多くの社員が社外経験を持ち帰る side project 会社の枠を超えてやりたいことを形にするプログラム 4th place lab |
| 受賞歴 | 2016年日本の人事部「HRアワード」人材開発・育成部門 優秀賞 2019年内閣府「第1回 日本オープンイノベーション大賞」選考委員会特別賞 2020年グッドデザイン賞(ビジネスモデル部門)受賞 |